2008-01-20 Sun
大根とベーコンのコンソメスープ煮
たつをさんちで軽い夕食。jugoyaさんも来た。
大根とベーコンのコンソメスープ煮と、
恵比寿のたこ焼き屋「笛吹」の
チーズたこやきで、軽く一杯。


大根うまいなぁ。ほくほく。
コンソメとベーコンの塩分がスープ溶け出して良い感じ。
たこやきもチーズたっぷりでうまいー。

パットメセニーなどを聞きつつ、適当な時間にあがりました。
広告を掲載することで、みんなが幸せになるブログ
メモエントリです。
どうせ誰かが書いていることだと思いますが、
僕は積極的には誰かのエントリを読んでいないので、
そんなの知ってるよ的なことだったらごめんなさい。
広告を掲載することで、みんなが幸せになるブログは、
いったいどんなブログなのかを考えてみた。
結論から言うと、みんなが幸せになるブログは、
「エントリが平均的に物事を深く説明しているブログ」
なのだと思う。
みんなっていうのは、以下の2者。
- ブログの筆者
- 広告の出稿主
双方が幸せになるためには、こんな条件が必要では。
- 筆者は安定して自分の満足する金額の広告収入を得る
- 出稿主は広告を出稿時のコストに見合う宣伝効果を得る
広告の宣伝効果なんて、本当は事前に分からないから、
宣伝効果をあらかじめ数値に落として、
その数値を使いましょうっていうのが現状で、
今、使われている数字の主流がページビュー。
筆者側は自分の力を示すために、ページビューを示すか、
現実における社会的地位を示して、
出稿主にリスクを飲んでもらう努力をしている。
あらかじめ宣伝効果を見積もるために、
筆者は自分のブログで書く記事のトピックをしぼるべきだ、
という意見も、最近多く見られますが、
それは直感的に最適解では無い気がしています。
広告が効果を得られるかどうかと、
ブログで扱うトピックの狭さとの間に、
強い相関は無い気がしています。
相関があるのだとしたら、ブログと広告はもっと相性が良いはず。
広告の効果と、ブログの何なら相関があるのかを考えると、
その一つに、「ブログのエントリが商品をうまく説明できているか」が
挙げられる気がする。
プロのライターが書いていないブログの記事は、
筆者の気分によってエントリの質が上下する。
各ブログを出稿の対象にしたいのは山々だけど、
「ブログに広告を出しても効果が薄い」、という状況の本質は、
「広告主がブログをエントリ単位でとらえていない」こと
でもあるのではないかと思う。
僕がブログとその筆者には非がないと思いたい。
記事なんて書くことが決まっている!定型文の蓄積と、
新しい事象に対して言及する能力の適用を繰り返すだけ!
と、理系的発想のライターの方は思う可能性があるけれど、
ブロガーなんて大半は、自分の思ったことを書くだけ。
技術なんて毛ほども意識していないと思う。
そもそも生活する為にブログを書く!と考えるのは、
世の中の、ほんの一握りの、一握り。
だから、その人がブログを書いて暮らせるわけで。
大半の人は、仕事でブログを書こうとか、
仕事で使わない文書スタイルでとか、
よりよい表現は無いか、とか、もっとシズル感をとか、
もう、一切考えない。考えているなんて思えない。
となると、うまい記事を書けるのはどんな時か。
考えてみると、自分の気分が乗っていて、
まさに自分の気持ちが乗り移っているときだよな。
好きなことを書いた方が、自然と魅力を伝えられるし、
商品に興味があるわけだから、興味があるから見つけられた、
商品を手に取るまで分からない魅力を見つけることもできる。
「ブロガーは好きなことを書いた方が幸せ」という直感は、
そういう、筆者の気持ちと、説明の深さとの関係が生む力に
ついてのものなのだと思う。
これは、以前誰かと話したことがある、
「ブログ記事での言葉使いと、ブログのもつ信用量には相関がありそう」
という直感とも合い反さない気がする。
事象を、十分に相手の立場を鑑みて説明するには、
それなりの言葉づかいで、洗練された表現を使い、
普段他人と交流するときも、細かなことに気をつけ、とか、
自分と他者の間に発生するつながりと関係する範囲で
自分の人間力を磨き続ける必要があるのでは。
そういう意味で、本当に広告を出せるかは、
ブログも筆者も両方見なければ分からないのかも。
でも、広告の出稿主はそんなことやってられないので、
何をするべきなのかというと、
「ブロガーが書いたエントリを見て、後だしで広告を出すこと」
なんじゃないかと思う。
事前に広告出稿ありきで広告を打つのは難しい。
なぜなら、広告を出稿するのに見合う説明の深さがあるエントリを
書いてくれるか、書いてくれないかは、運任せになりがちだから。
おねだりな人たちがうまくいっている理由は、
集まっている人が、全員、
「手にした商品を常に一定以上の深さで説明できる人」
だからなのだと思う。
だから、ブロガーと出稿主との関係性が主に良好なんだろう。
関係が平均的に良好なら、事前に出稿しても効果が得られる
期待値はすごく高いよなぁと思う。
でも、実際問題、後だしで広告を出稿するのは難しい。
ブログ記事には構造または検索エンジンからの要求で、
鮮度という概念があるし、検索エンジンを使って、
広告を出稿するに値するエントリを十分な数だけ
探しだして揃えるのは困難だろう。
現実的な落としどころとしては、こんな感じかな。
出稿するかどうか悩んでいる、分析対象のブログの
全エントリの本文を解析する。
各エントリの本文が事象を十分な深さで説明しているか、
を判定して値に落とし込む。
エントリごとの説明の深度を表す値を、全エントリで割る。
説明の深度のブログ内での平均値が、閾値を超えているかを見る。
問題は、どのようにして説明の深度を数値かするか、と、
閾値はどこなのか、ということかな。
説明の深度については、まだ探してないけど、
要約関係の研究が近い気がする。
とは言っても、「説明の深さを数値化」なんていう
夢みたいな技術は開発までに、n*10年くらいかかりそう。
閾値を得る方法は、単純に考えると、
広告媒体のテキストを解析してみるのが良さそう。
でも、ブログと広告媒体は文体が違うから、
そんなに単純にはいかない気がする。
じゃあ、どうすれば良いかというと、
バイトでもなんでもいいから、
人間がブログを読んでみて、
説明の深度が深いと思うエントリを、
どれくらいの割合で書いてくれる人なのかを、
できるだけ早く観察できるような仕組みを作ることだろう。
そう、できるだけ早く。
たぶん、そのブログの説明が深いか浅いかを判断するときに、
人間が判断に使う時間なんて、ほんの数秒。
人間による判断を必要とするときに、
支払うコストの大半は、判断する人間が判断するまでに
やらなきゃいけない作業に支払われている。
つまり、判断する人間がほとんど何もしなくても、
ブログのエントリの説明の深さを判断できるシステムを作れば、
効率よくブログを探すことができるよな、と思う。
別に、世の中のすべてのブログを見る必要はないもんね。
世の中のブログから、月あたりの平均エントリ数が多くて、
さらにブログを開設してから1年以上経過しているブログを見つける。
ブログを探して、さらにブログ無いの頻出キーワードを得る。
そうすれば、出稿主に合う方向性かつ、検索エンジンに表出しやすい
ブログを集めることができる。そんなブログ、そうそう無い。
たぶんアルバイトを使って検査するのは難しくない。
ちなみに、広告主は効果の高いブロガーにしぼってときには、
各ブロガーが小躍りして喜ぶような報酬を、
安定して供給してあげる必要があると思う。
そうしないと、ブロガーはプロじゃない限り、
広告付きの記事を書くときにかぎり、モチベーションが低下しちゃうと思う。
「ああ、この広告付けても、ジュース1本にもならない・・・」
とか。
ブロガー寄りの意見ばかりだけど、
ブロガーをコントロールするのは自然じゃないし、
コントロールしたければ、ブログを書く会社を作ればいいだろうな。
でも、今度は、賢い読者が、その仕組まれたブログを見抜くと思う。
おっと?なんか、ここまで書いたら、
自分のやるべきことが頭の中でまとまった。
なので終了。
以上の文は何にも検証してない、極めて信用度の低いものです。
グダグダでごめんなさい。
[2008-01-20]:追記
しかし、結局、広告を乗せるかどうかは、
広告主がブログを実際に見た上で決める必要がある。
この問題は残念だけど、僕が生きているうちに、
機械化されることは無いんじゃないかと思う。
恵比寿 TOOTH TOOTH
恵比寿西口の TOOTH TOOTH でランチ。
以前から夜の閉店時刻ごろに通りがかっていたので、
店内が気になっていました。丁度良かったです。


店内は、大変賑わっており、また非常に雰囲気も良いです。
店内の音響設備が充実しており、相談すると使わせてもらえそうです。

肝心のランチは、1050円から1300円程度と大変お手がる。
僕はメインランチのAセットを頼みました。


こ・・これは、なんともいえず、美味しいです。
# おいしいという趣旨の表現を、一度学んだ方が良いかな?
魚の風味と、野菜たっぷりのソースが合っています。
食べ放題のパンも、4切れくらい皿にとりましたが、どれも美味しい。
パンとおかずを交互に食べていたら、あっという間にお腹いっぱい。
ごちそうさまでした。また来ます。
恵比寿駅前でごみ拾い
今日は、ふと思い立って恵比寿駅前のゴミ拾いに参加してきました。
渋谷区にボランティア申請をしているゴミ拾い活動だそうです。

前から何かボランティアをしようと思っていたのですが、
なかなか僕が自分の中でバランス良く向き合える活動が、
見つからなかったのです。
今回のゴミ拾いは自分の中で折り合いがつきました。
ゴミ拾いのコースは、恵比寿の東口から、
駒沢通りに出て、恵比寿公園まで。わりと短め。


そんなに重く考えていなくて、甘く見ていたのですが、
まぁ、駅前に落ちているゴミの多いこと!
あっという間に大量で多種多様なゴミと向かい合うことになりました。
持っているのがツライ量の不燃ゴミと、
袋にたまるタバコの吸い殻。
こんなの捨てるか?というもの(例、割れたバイクの部品)もあるし、
ちょwwwおまwwwそこに捨てるなよwwww。という場所に
捨ててあるものもあります。

道路に落ちているゴミが見えないということは、
廃棄物に対する興味が薄いという証拠なのかもしれないですね。
こうしてゴミを拾っていると、落ちているゴミに興味をもつので、
落ちているゴミがやけに目につくようになりました。

集めたごみは、分別して、渋谷区のボランティアゴミシールを貼ります。


そして、近所自分た責任を取れる場所にあるゴミ捨て場に出します。
たぶん参加者の誰か住んでいるマンションのゴミ捨て場なんだろうな。
参加者は16人。以外と多い印象。
参加者の多くは、恵比寿に住んでいないみたい。

何人かに参加理由を聞いてみると、
「近所にゴミ拾いイベントが無いから、恵比寿に来た」
とのことでした。なるほど。
さて、こうしてゴミ拾いをして、みんなやることをやった!
と思って解散した訳ですが、僕はスタート地点に戻ってみました。
すると・・もう、タバコの吸い殻が落ちているんですよね。

ゴミを拾うことも大切だから続けようと思うけれど、
同時に、ちまちま個人で月に一回拾っていても、
埒があかないということも分かった。
環境問題は難しいな。自分は割と気をつけているけれど、
いままでは他人のアクションには目を向けてなかった。
環境に関心があるなら、ごみ拾いより効果の高い活動を、
ごみ拾いと合わせて行なう必要があるのかも。
[2008-01-20-3] 広告を掲載することで、みんなが幸せになるブログ
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