分からないものは分けろ
ふと思ったのでメモ。
駄目です。書けません。何をしていいのか分かりません。
結論としては、そんなときは、
「分からないから書けない」
のではないだろうか。
何故なら、たまに自分がそういう状況におちいるから。
「分かれば」書けたり、説明できたりするのでは、ないだろうか。
ここである対象について「分かる」ためには何が必要かを考えてみる。
分かるためには、対象に興味を持つ必要がある。
興味をもたなければ、脳が情報をキャッチしてくれない。
一方で興味があることに関しては、どんどんキャッチしてくれる。
「分かる」ということの本質は、興味をもつことで入手した情報で、
対象を細かく分けることだ。
対象が問題なら、細分化された問題は、より易しくなる。
易しいものを制することは、難しいものを制するより簡単だろう。
対象がものならば、細かく分類された対象のことを、
単に分類自体からでも知ることができる。
分類して大まかに分かれば、それで済むことも多い。
ただ、「分ける」という行為は、日本人は技術として
学校教育の中で明示的に教わってはいないし、
何よりも「分ける」ための心理的コストがとても大きい。
ちょっとでも「謎」、「難しい」、「進まない」と思ったら
意識的に問題や事象を「分ける」と良いかもしれませんね。
投稿者:としのり 日時:23:59:59 | コメント | トラックバック() |

